自己紹介(非公式版)

 

特徴というか・・・

周囲の人に恵まれて生きている(きた) (教育実習で私の顔をみた中学の校長先生曰く)

 

趣味など

スポーツ観戦・・・野球など.2000年夏,ついに甲子園で高校野球を見た

献血・・・2004年12月現在で50回

ジョギング・・・気分転換・体力維持のため,つくばの産総研の外周道路をタラタラ走る(名古屋に来てからは皆無!)

フィールド先で学校のグランドや野球場を探して眺めること

神田の古本屋街に行くこと・・・村山書店,玉英堂,厳松堂,明倫館など

 

詳しい履歴

1974年2月 広島市(宇品の県立広島病院)生まれ

1975年X月 広島市中区から安佐南区へ転居

1980年4月 広島市立長束小学校入学(広島市安佐南区)

1984年4月 小学校が分離してしまい,新築の長束「西」小学校へ異動

1984年夏  ソフトボールの広島市大会(市民球場)を目指し,区大会まで出場.
        しかし,2回戦で引き分け抽選負け.

1984年秋  広島カープが日本一になり熱狂する.以後,今日までカープの日本一はない.

1986年3月 広島市立長束西小学校卒業(2期)

1986年4月 広島市立長束中学校入学(広島市安佐南区)
        野球部(軟式)に入り3年夏まで野球漬けになるが,うまくならず(涙).

1989年3月 広島市立長束中学校卒業(5期)

1989年4月 修道高等学校入学(広島市中区).私服OK(高校のみ)で,自由なのには驚いた

1990年12月 なぜか商工センター(広島市西区)内の水産会社でバイト.時給800円ぐらいだった.

1992年2月 初めて上京.誕生日に鼻血を出しながら大学の2次試験を受ける.
        「鼻血出たんでティッシュ詰めていいですか?」と試験官に聞いたら「どうぞ」といわれる.

1992年3月 私立修道高等学校卒業(44期)

1992年3月30日 虫垂炎(盲腸)で入院.上京が遅れ,その後の人生計画が激変する.

1992年4月 東京大学教養学部理科II類入学と同時に駒場寮入寮
        中寮31Sの扉を開けると,そこは合気道部部室だった・・・そのまま部室に入室

1992年6月 強化合宿を経て,ついに東京大学運動会合気道部に入部.

1993年9月 新宿駅南口某マンション仲介所の掃除バイトにほぼ毎朝励む(半年間)
        朝からルノアールやマックに頻繁に連れていってもらっていた.

1994年3月 合気道部の40周年記念訪問演武(東南アジア)で初めて海外に行く

1994年4月 当初の進路予定を変更し,理学部地学科地理学課程に進学,向ヶ岡寮に入る.
        なんとなく地形学(とくに海岸地形)寄りになっていく.

1995年8月 運動会合気道部引退

1995年秋  卒論調査で豊川流域の方々にいろいろと親切にしていただく

1996年3月 東京大学理学部地学科地理学課程卒業

1996年4月 東京大学大学院理学系研究科地理学専攻修士課程入学・・・長い「入院」生活が始まる

1997年9月 某大手予備校でバイト
        私「模擬試験の資料をください」 事務の人「君,模試受けなかったの?」
        私「○○さん,お願いします」 事務の人「○○さん,生徒さんが来ましたよ」

1998年3月 東京大学大学院理学系研究科地理学専攻修士課程修了

1998年4月 東京大学大学院理学系研究科地理学専攻博士課程入学
        運良く日本学術振興会特別研究員(DC1)に採用され,
        向ヶ岡寮を出て文京区内で一人暮らしをはじめる.下宿のカビに悩まされる.

1998年9月 ゆえあって,茨城県つくば市に転居
        地質調査所・海洋地質部(現産総研・海洋資源環境研究部門)の斎藤文紀博士に
        指導(書類上は技術指導・指導委託)を受けるようになる.

2000年1月 ベトナム・ハノイでハッピー・ミレニアム

2000年4月 大学院改組に伴い所属が「地理学」専攻から「地球惑星科学」専攻に変わる.
        以後,履歴書の途中に一行説明を要することになる.

2001年1月 前年よりもパワーアップし,ハノイで新世紀を迎えてしまう

2001年3月 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了,博士(理学)取得

2001年4月 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻研究生入学・・・いわゆるプー

2001年4月 立正大学地球環境科学部非常勤講師
        熊谷キャンパスで空中写真判読実習を担当.教えることの大変さや難しさを実感する.

2001年7月 厚生科学研究推進事業,リサーチ・レジデントに採用
        (受入所属機関:東大空間情報科学研究センター・小口研究室)
        はじめて通勤ラッシュを体験

2002年1月 科学技術振興事業団,科学技術特別研究員
        (受入所属機関:独立行政法人産業技術総合研究所・海洋資源環境研究部門)
        ふたたびつくばに戻る.

2002年4月 科技特事業が移管されたため日本学術振興会,科学技術特別研究員
        (受入所属機関:独立行政法人産業技術総合研究所・海洋資源環境研究部門)
        雇用主が変わったが,実質はあまり変化なし.

2003年10月 名城大学理工学部環境創造学科講師に採用され,名古屋に流れつく.
         「ポス毒」生活にピリオド.講義・実習・3年生ゼミを担当,研究のほうは・・・

2004年2月 いつのまにか30歳に到達.

2011年4月 転職.会社員から公務員になったような感じ.いろいろな意味で衝撃を受ける.
        大学教員の移動が活性化しない理由を自分なりに理解した.

2014年2月 不惑を迎えたが,惑うばかり.

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最終更新日:2014年11月24日